「取材は、正直あまり得意ではない」。導入事例の制作を任された担当者から、よく聞く言葉です。沈黙が怖い。話をうまく広げられない。大事なことを聞き漏らしそうで不安になる。
まずお伝えしたいのは、事実関係や数字は取材のあとに調べたり、メールで確認したりして補えるということです。取材の場でしか手に入りにくいのは、相手の記憶にある具体的な「場面」と、そこで動いた感情。そしてそれを引き出すのに必要なのは、話術ではなく質問の設計です。
この記事では、企業の導入事例制作を手がけてきた編集者の視点から、導入事例取材で聞くべき質問を「導入前・選定・導入時・現在・未来」の5フェーズ・20問に整理しました。そのまま使えるリストに加えて、深掘りの技術、自分に合った聞き方のスタイル、聞き漏らしたときのリカバリーまで解説します。話し上手でなくても、設計図があれば取材は成立します。
1. 事例の「改善の余地」は、取材で生まれている
多くの企業は、導入事例を作っていないわけではありません。作ったうえで、手応えに満足していません。
ferret Oneの調査では、導入事例施策のROIを「非常に高い」と答えた企業は17.6%。3社に2社は「改善の余地あり」と自己評価しています。
改善の余地は、どこにあるのか。多くの場合、執筆より手前の取材です。製品仕様や導入時期といった事実は、あとから調べて補えます。一方で、導入前の切実な場面、選定時の迷い、導入後のつまずき。相手の記憶の中にあるこうした素材は、取材の場で引き出せていないと、あとから足すのが難しい。素材が一般論のままなら、どれだけ推敲しても記事は一般論に着地します。事例の質は書く前、取材の場でおおよそ決まっています。そして取材の質は、当日の会話術より前に、質問の設計で決まります。
2. 「取材が苦手」の正体は、話術ではなく設計の不足
取材への苦手意識は、性格の問題として語られがちです。話し上手ではないから、初対面が得意ではないから。ただ、担当者の悩みを分解していくと、その多くは設計で解消できる不安です。
沈黙が怖い
沈黙の多くは、相手が記憶を探している時間。「一番しんどかった場面は?」のように具体的な質問なら、沈黙は気まずさではなく「考える間」になる。埋めずに待つほうが、良い答えが返ってくる。
話を広げられない
その場の機転に見える深掘りは、実際には「翻訳する・踏み込む・接続する」という再現可能な技術の組み合わせ(第5章)。パターンとして覚えれば、アドリブ力は要らない。
聞き漏らしが怖い
5フェーズの設計図があれば、話が脱線しても現在地に戻れる。そして聞き漏らしても、追加確認や追加取材で補える(第8章)。一発勝負だと思い込むから、緊張する。
むしろ、立て板に水の話し上手より、聞き役に回れる人のほうが取材には向いています。取材の主役は相手です。必要なのは流暢に話す力ではなく、相手が話しやすい問いを事前に用意しておく力。ここから先は、その設計図の作り方です。
3. 「聞きたいことリスト」と「引き出す質問リスト」は別物
質問リストを作るとき、多くの担当者は「載せたい情報」から逆算します。導入の決め手、活用方法、成果。この作り方の問題は、質問が発注側の目線で並ぶことです。
読者は、いま同じ課題を抱えて検討している未来の顧客です。読者が知りたいのは成功の要約ではなく、意思決定の参考になる生々しい情報。だから質問は「読者が稟議を通すために必要な材料」から逆算して設計します。
- ×載せたい情報から逆算する
- ×「課題は何でしたか」と抽象で聞く
- ×YES/NOで答えられる質問が多い
- ×成果の数字だけを取りにいく
- ×回答をそのまま記事にする前提
- ○読者の稟議材料から逆算する
- ○「一番しんどかった場面」と具体で聞く
- ○場面と行動を語らせる質問にする
- ○数字の背景と分母までセットで聞く
- ○回答の先を掘る前提で設計する
4. 5フェーズ×20問の質問リスト
導入事例の取材は、相手の時系列に沿って5つのフェーズで設計します。読者が知りたい順序と、相手が思い出しやすい順序が一致しているからです。
導入前——課題の解像度を上げる
記事の冒頭で読者が「うちと同じだ」と思えるかは、このフェーズの具体性で決まる。場面とエピソードまで下りる。
選定——意思決定の裏側を聞く
比較・決め手・社内の反対。読者がいちばん参考にする「選び方の情報」はここに集まる。
導入時——つまずきを実用情報に変える
順調な話より、つまずきと乗り越え方のほうが検討者の役に立つ。記事の信頼性を担保するフェーズ。
現在——変化を場面と数字で描く
「効率化できた」を、日々の業務の変化と数字に翻訳する。成果の分母まで確認する。
未来——相手が本当に言いたいことを引き出す
展望と、検討中の読者へのメッセージ。「最後に一つだけ」の質問が記事の締めを作る。
各フェーズの質問は次の通りです。すべて聞く必要はありません。60分の取材なら、相手が乗ってきたフェーズを深掘りするほうが、全問を消化するより良い素材が残ります。リストは消化するものではなく、迷ったときに戻ってくる地図です。
フェーズ1:導入前(Before)
検討のきっかけ
導入を検討し始めた直近のきっかけは何でしたか。どんな出来事があったのか、時期と場面まで教えてください。
一番しんどかった場面
その課題で一番しんどかった瞬間を、具体的なエピソードで教えてください。いつ、誰が、何をしていたときですか。
それまでの対処法
導入前は、その課題にどう対処していましたか。そのやり方の何が限界でしたか。
放置した場合の未来
もしあのまま何もしなかったら、いま頃どうなっていたと思いますか。
「業務が非効率でした」で止めないことがすべてです。「毎月末の3日間、担当者が終電まで手作業で突合していた」まで下りられれば、記事の冒頭は読者の自分ごとになります。
フェーズ2:選定
比較した選択肢
他にどんなサービスや方法(内製・現状維持を含む)と比較しましたか。
最後の決め手
最終的な決め手は何でしたか。それはいつ、何を見て確信に変わりましたか。
社内の反対・不安
社内に反対や不安の声はありましたか。誰の、どんな声でしたか。
稟議の通し方
経営層や関係部署を説得するとき、何を根拠に話しましたか。
読者の多くは、いま稟議の壁の前にいます。質問7と8で出てくる話は、読者がそのまま社内説得に流用できる、事例記事でいちばん実用性の高い情報です。
フェーズ3:導入時
最初のつまずき
導入して最初につまずいたことは何ですか。それをどう乗り越えましたか。
想定とのギャップ
導入前の想定と違ったことはありましたか。良い方向・悪い方向の両方で教えてください。
定着までの道のり
現場に定着するまでどのくらいかかりましたか。その間、何をしていましたか。
サポートの実際
ベンダーのサポートで助かったことと、物足りなかったことを教えてください。
つまずきの話は、製品の弱点ではありません。「定着まで3カ月かかった。週1回の定例で運用を調整した」という記述は、検討者が導入計画の見積もりに使える実用情報です。この位置づけを取材の冒頭で相手と共有しておくと、本音が出やすくなります。
フェーズ4:現在(After)
業務の変化
日々の業務は具体的にどう変わりましたか。導入前と同じ場面を、いまはどう過ごしていますか。
数字で見える変化
数字で言える変化はありますか。その数字の分母と期間もあわせて教えてください。
意外な効果
狙っていなかったのに得られた効果はありますか。
残っている課題
まだ解決していない課題や、これから改善したいことは何ですか。
フェーズ5:未来
今後の展望
今後、活用をどう広げていきたいですか。
推薦の条件
どんな課題を持つ会社に、このサービスをすすめたいですか。
検討者へのメッセージ
いま導入を迷っている読者に、経験者として伝えたいことはありますか。
言い残したこと
最後に、今日聞かれなかったけれど話しておきたいことはありますか。
質問20は形式的なクロージングではありません。相手が90分の対話で温めてきた「本当に言いたかったこと」が出てくる、打率の高い質問です。ここで出た一言が記事のタイトルになることも珍しくありません。
5. リストの先へ——「順調でした」を掘る3つの技術
質問リストは設計図であって、台本ではありません。取材の成否は、返ってきた回答の先をその場で掘れるかで決まります。使う技術は3つです。
翻訳する——理解を確認する
「つまり、コストの壁が内製化の転換点になった、ということですか」。相手の発言を言い換えて返すと、相手は「聞いてもらえている」と感じ、さらに深い話をしてくれる。
踏み込む——場面まで下りる
抽象的な回答には「たとえば、直近でそれが起きたのはいつですか」。感情を聞きたいときは「お気持ちは?」ではなく「そのとき、最初に何をしましたか」。場面を聞けば感情は自然に出てくる。
接続する——文脈をつなぐ
「先ほどのKPIの考え方を、現場の運用にはどう落とし込んだのですか」。前の話と次の話をつないで移ると、対話のリズムが保たれ、唐突な話題転換で相手の思考が途切れない。
とくに効くのは「踏み込む」です。数字が出たら分母と期間を確認する。「順調でした」と返ってきたら「順調に見えるまでに、いちばん時間がかかったことは何ですか」と裏側を聞く。この往復を1問ごとに挟むだけで、同じ質問リストから出てくる素材の質が変わります。
6. 聞き方の「型」は一つではない——名手たちのスタイルに学ぶ
深掘りの技術を頭で理解しても、「自分のキャラクターで本当にできるのか」という不安は残ります。ここで知っておきたいのは、取材の名手たちのスタイルがそれぞれまったく違うことです。
教わる型——阿川佐和子さん
著書『聞く力』(文春新書、2012年)で知られるスタイル。専門家に対して「わからないので教えてください」という素人の立場から聞き、相槌と問い返しで相手の話を引き出す。流暢に話す必要がない。
面白がる型——糸井重里さん
「ほぼ日刊イトイ新聞」の対談に見られるスタイル。結論を急がず、雑談のように進めながら、相手の言葉の中の意外な一言を拾って「それ、面白いですね」と乗る。相手が気持ちよく話し続ける場を作る。
ぶつける型——田原総一朗さん
「朝まで生テレビ!」の司会で知られるスタイル。あえて反対の立場や疑問を率直にぶつけ、建前の奥にある本音を引き出す。緊張感を恐れず、予定調和を壊しにいく。
三者三様で、どれも一流です。つまり、取材に「正解の人格」はありません。社交的でなくても、教わる型なら成立します。雑談が得意なら面白がる型が武器になります。
導入事例の取材でベースにしやすいのは「教わる型」です。相手は自社の業務の専門家であり、こちらは教わる側という構図が自然に成立するからです。そのうえで、通説と違う話が出たときだけ「一般的には〜と言われますが、実際は違ったんですね?」と、ぶつける型の要素を一つまみ加える。この配合なら、対話の温度を保ったまま話の解像度を上げられます。自分の性格に合う型を選んでいい、という前提に立つだけで、取材の緊張はかなり和らぎます。
7. 60分の取材時間をどう配分するか
質問リストと同じくらい、時間配分の設計が効きます。60分の取材での目安です。
配分の意図は2つあります。第一に、導入の5分で「つまずきの話は検討者への実用情報として載せたい」という記事の方針を共有すること。ここを飛ばすと、相手は最後まで広報モードで話します。第二に、前半のフェーズ1〜2に厚めに時間を割くこと。課題と選定の解像度が上がっていれば、後半の成果の話は自然に具体的になります。逆に前半が浅いまま成果を聞くと、「おかげさまで効率化できました」以上の話は出てきません。
運営面の備えは2つで足ります。録音はレコーダーとスマートフォンの2系統(オンラインなら録画と文字起こしツールの併用)で機材トラブルに備えること。冒頭のアイスブレイクは天気の話ではなく、事前に読んだ相手の発信や直近のプレスリリースに触れること。「そこまで見てくれたのか」という数分が、その後60分の話しやすさを作ります。
8. 聞き漏らしても、取材は失敗ではない
質問リストと時間配分を用意しても、聞き漏らしは起きます。取材は生き物なので、それ自体は失敗ではありません。大事なのは、抜けの種類に応じたリカバリーの手段を知っておくことです。
事実・数字の抜け
導入時期、利用人数、正式名称。この類いはメールで十分補えます。本人校正の依頼時に「あわせて2点確認させてください」と添えるのが自然で、相手の負担も小さい。
ニュアンスの抜け
発言の意図が取り切れていない箇所は、文字起こしを整理した段階で特定し、該当部分を引用して「ここをもう少し詳しく」と1問だけ聞く。全体を聞き直すより、答える側も的を絞りやすい。
ブロックごとの抜け
選定の経緯をまるごと聞けなかったなど大きな抜けは、15分のオンライン追加取材を打診します。「記事の質を上げるため」という理由での短時間の依頼は、経験上ほとんど断られません。
リカバリーが利くと知っていれば、当日の緊張は減り、目の前の話に集中できます。ただし、補いにくいものが一つだけあります。相手が場面を語るときの熱です。「あのときは本当に困っていて」という語りの温度は、後日のメールでは再現されません。だから当日は、抜けの管理より「場面と感情を引き出すこと」に集中する。事実の穴は、あとから埋めればいいのです。
9. 取材の設計から任せたい場合
ここまでの設計を社内で回せるなら、外注は不要です。判断の分かれ目は、質問設計と深掘りを担える人がいるかどうか。原稿を書ける人は社内にいても、取材を設計できる人は意外といません。
baluboでは、導入事例制作を質問設計の手前——「誰の、どの課題の事例にするか」という企画から支援しています。
取材当日だけ、執筆だけといった途中工程からのご依頼も可能です。ただし、この記事で述べてきた通り、事例の質は質問設計の段階でほぼ決まります。営業担当への事前ヒアリングを含め、できるだけ上流からご一緒するのがおすすめです。予算や本数は状況に合わせて柔軟にご相談ください。
まとめ
導入事例の質は取材で大きく決まり、取材の質は質問設計で決まります。導入前・選定・導入時・現在・未来の5フェーズで時系列に沿って設計し、当日は「翻訳する・踏み込む・接続する」の3つでリストの先を掘る。聞き方は自分の性格に合う型でよく、聞き漏らしはあとから補えます。話し上手である必要はありません。設計図を持って、相手の話を聞きに行くだけです。
取材で得た素材を記事に組み上げる工程は導入事例記事の作り方 完全ガイドで、事例に限らないインタビュー記事全般の構成技術は読まれるインタビュー記事の構成と編集の技術で解説しています。
手元の事例記事が取材の浅さで「いい話どまり」になっていないか気になる場合は、記事コンテンツの無料診断で具体性・信頼性・読者設計・導線の4軸から現在地を確認できます。
よくある質問
人と話すのが得意ではありません。それでも取材はできますか?
できます。取材の主役は相手であり、こちらに求められるのは流暢に話す力ではなく、事前に用意した問いで相手の話を聞く姿勢です。阿川佐和子さんの「教わる型」のように、聞き役に徹するスタイルで一流の仕事をしている人は少なくありません。質問リストという設計図があれば、会話の主導権を握れなくても取材は成立します。
質問リストは事前に相手へ送るべきですか?
送ることをおすすめします。相手が数字や時系列を事前に確認でき、当日の話が具体的になるからです。ただし「リスト通りに進めるのではなく、話の流れで深掘りさせてください」と一言添えておくと、当日の脱線を相手も楽しんでくれます。
取材相手が本音を話してくれません。どうすればいいですか?
取材の冒頭で「つまずきや苦労の話は、製品の弱点ではなく検討中の読者への実用情報として載せたい」と方針を共有してください。本音が出ないケースの多くは、相手が「良いことを話す場だ」と認識したまま取材が進んでいます。位置づけを変えれば、話は変わります。
成果の数字が出ない場合はどう聞けばいいですか?
数字を直接求めるのではなく、時間の変化を聞いてください。「その作業には以前どのくらい時間がかかっていて、いまはどうですか」。工数・頻度・期間は、売上より答えやすく、読者にとっては十分具体的な成果情報です。ferret Oneの調査(2025年、n=330)でも、導入事例の成果として最も多く挙がったのは「商談化率の向上」(58.0%)で、読者の検討を前に進める情報かどうかが評価軸になっています。
データの出典
- ferret One(One Tip編集部)「BtoB調査レポート2025【導入事例編】」n=330(ROI評価「改善の余地あり」66.8%・「非常に高い」17.6%、成果実感の最多は「商談化率の向上」58.0%)
※ 各数値は調査時点のものです。最新の傾向は一次情報をご確認ください。
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