カスタマージャーニーとは、顧客が課題に気づき、情報を集め、比較し、購入し、利用を続けるまでの体験を整理したものです。BtoBでは、一人が一本道を進む図では不十分です。複数の関与者と、途中で戻る検討を含めて考えます。
カスタマージャーニーとは
Customer Journeyは、直訳すると「顧客の旅」です。顧客が企業や商品を知ってから購入するまでに、何を考え、どの接点に触れ、どこで迷うかを時系列で整理します。図にしたものをカスタマージャーニーマップと呼びます。
Salesforceは、顧客の行動、思考、感情、企業との接点を可視化し、体験の課題や改善機会を見つけるための方法として説明しています。
営業に会う前の行動が見えなければ、買い手がどこで自社を知り、なぜ候補から外したかを理解できません。カスタマージャーニーは、見えにくい検討時間を仮説として可視化します。
顧客の旅はどう生まれたか
カスタマージャーニーに一人の発明者がいるわけではありません。販売ファネル、サービス設計、消費者行動、顧客体験など、別々に発展した考えが重なり、現在のマップ実務になりました。
販売ファネル——段階で捉える
認知から購入までを段階として表すモデルが、広告・営業の管理に使われる。多くの顧客が各段階で減る集計には向くが、一人の体験は見えにくい。
1984年——サービスを設計する
G. Lynn Shostackがサービスブループリントを提示。顧客に見える接点だけでなく、裏側の工程と失敗しやすい箇所まで図にする。
1990〜2000年代——接点が増える
Web、メール、検索、店舗、コールセンターをまたぐ体験が増え、部門ごとの接点ではなく顧客視点で連続して見る必要が高まる。
2009年——循環で捉える
McKinseyがConsumer Decision Journeyを公表。候補の追加・削除、購入後の体験、ロイヤルティを含む循環型モデルを示す。
2011年——検索前提になる
GoogleがZMOTを提唱。店頭や営業接触の前に、検索、レビュー、比較を通じて判断が進む場面へ注目を集めた。
現在——複数人・複数経路を見る
BtoBでは購買グループ、長期検討、更新利用までを扱う。AIによる情報探索も加わり、一本道のマップでは説明しきれない。
Shostackの「Designing Services That Deliver」は、現在のジャーニーマップそのものではありません。しかし、目に見えないサービスを工程として表し、顧客に見える部分、裏側の作業、失敗点を結びつけた点で、重要な源流です。顧客の不満を「接客が悪い」で終わらせず、どの工程と運用が体験を生んだかまで戻れます。
2009年、McKinseyは約2万人の消費者調査をもとに「The consumer decision journey」を発表しました。最初に思い浮かべた候補から一直線に絞るのではなく、調査中に候補が増え、購入後の経験が次の選択へ影響する循環を示しています。
2016年、Katherine LemonとPeter Verhoefは「Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey」で、体験を購入前・購入・購入後の過程として整理しました。接点も企業所有、パートナー所有、顧客所有、社会・外部の接点に分けています。企業が管理できない口コミや利用環境まで旅に入れる必要がある、ということです。
ファネルやブループリントとの違い
三つは競合する図ではありません。見る単位と解きたい問題が違います。
| 手法 | 中心に置くもの | 得意な問い | 代表的な要素 |
|---|---|---|---|
| マーケティングファネル | 顧客群の段階と転換 | どの段階で人数が減るか | 認知数、リード、商談、受注率 |
| カスタマージャーニーマップ | 特定顧客の状況と体験 | なぜ迷い、何が次の判断を助けるか | 行動、問い、感情、接点、障害 |
| サービスブループリント | 体験を支える業務工程 | その体験をどの仕組みが生むか | 表側の接点、裏側の作業、人、システム |
たとえば「資料請求後の商談化率が低い」はファネルで発見できます。顧客取材から「資料だけでは社内説明できない」と分かるのがジャーニーです。資料へ業界別事例を差し込み、営業へ閲覧情報を渡す工程まで設計するのがブループリントです。
マップ一枚に三つの役割を詰め込むと読めなくなります。まずジャーニーで顧客の判断を描き、重要な箇所だけ数値や業務工程へ接続します。
一本道ではない
「認知→興味→比較→購入」という矢印だけでは、BtoBの実態を表せません。担当者が比較を終えた後に決裁者が加わり、課題の説明からやり直す場合があります。セキュリティ確認で別案へ戻ることもあります。
- ×一人が順番どおり進む
- ×問い合わせを購入直前と考える
- ×企業の施策名を並べる
- ×一度作ったら固定する
- ×すべての顧客を一枚に入れる
- ○複数人が途中から加わる
- ○問い合わせ後も比較が続く
- ○顧客の疑問と行動を書く
- ○データと商談から更新する
- ○重要な顧客と状況に絞る
地図は現実そのものではありません。顧客を決められた経路へ押し込むものでもありません。社内の人が持つ断片的な顧客理解を一枚に置き、どこを確認すべきか、どの情報が不足しているかを話し合うために使います。
複数の関与者を見る
BtoBでは、企業としての旅と、各担当者の旅が重なります。ペルソナとはで整理した購買上の役割を、各段階へ配置します。
- 課題の所有者:現場の問題を最初に感じる人です。業務負荷、品質、売上など、現在の痛みを具体的に把握しています。
- 推進担当者:解決方法と候補企業を調べ、社内調整を進めます。最も多くのコンテンツに触れる役割です。
- 専門確認者:法務、情報システム、購買などです。リスク、契約、運用条件を確認し、検討を戻すことがあります。
- 決裁者:投資の優先順位と妥当性を判断します。経営課題、費用対効果、導入しない場合の影響を見ます。
一つの記事ですべての関与者に答えようとすると、内容が長く曖昧になります。推進担当者向けの入門、専門確認者向けの仕様、決裁者向けの事例と費用のように、役割ごとに分けてつなぎます。
マップの基本項目
カスタマージャーニーマップは、横軸に検討段階、縦軸に顧客の状態を置きます。最初から感情曲線や細かなチャネルを詰め込まず、企画判断に使う項目へ絞ります。
| 項目 | 書く内容 | 確認する情報 |
|---|---|---|
| 状況・きっかけ | なぜ今、検討が始まったか | 顧客取材、問い合わせ |
| 関与者 | 誰が参加し、誰が決めるか | 商談記録、営業ヒアリング |
| 問い・判断 | 何を知り、何を比べるか | 検索語、質問、失注理由 |
| 行動・接点 | どこで情報を集めるか | アクセス、メール、イベント |
| 障害 | 何が不安で止まるか | 法務・技術確認、失注分析 |
| 必要な情報 | 次へ進むために何が要るか | 記事・資料の棚卸し |
| 指標 | 進んだことを何で確認するか | 回遊、商談化、営業利用 |
「感情」を書く場合も、想像で「不安」「期待」と置くだけでは改善につながりません。何が分からないから不安なのか、どの証拠があれば判断できるのかまで具体化します。
事実と仮説を色分けする
ジャーニーマップは、異なる種類の証拠を一枚に置きます。アクセス解析で分かるのはページ間の移動であり、その人が稟議で困った理由ではありません。顧客取材で分かるのは語られた経験であり、市場全体の頻度ではありません。
行動データ
検索語、ページ遷移、メール反応、商談履歴。何が起きたかを示すが、理由は推測しない。
顧客の語り
検討のきっかけ、比較、社内調整、利用後の経験。記憶の偏りと個別条件を確認する。
社内記録
営業質問、失注理由、問い合わせ、サポート。顧客の発言と担当者の解釈を分ける。
未確認の仮説
データがない段階や感情。推測と明示し、次の取材・計測で確認する。
6ステップで作る
目的と対象を決める
新規問い合わせ、商談化、継続など、改善したい範囲と中心ペルソナを選ぶ。
現状の事実を集める
顧客取材、営業記録、検索データ、問い合わせ、失注理由を集める。
段階を顧客の言葉で分ける
自社を知った段階ではなく、課題認識、方法比較、候補比較、社内合意など判断で分ける。
関与者と障害を置く
各段階に誰が加わり、どの条件や不安で検討が止まるかを整理する。
情報と接点を割り当てる
記事、事例、資料、商談、メールなど、次の判断を助ける手段を選ぶ。
不足を優先して作る
影響が大きく、確認できる根拠があり、現実に制作可能な情報から着手する。
「認知・興味・比較」のような一般的な段階をそのまま使わず、自社の顧客が実際に行う判断で分けます。例えば記事制作なら、「発信が止まった」「内製と外注を比べる」「制作会社を比べる」「社内で予算を取る」といった段階です。
コンテンツを割り当てる
ジャーニーを作る目的は、空欄を記事で埋めることではありません。顧客の判断に影響する情報の不足を見つけることです。
課題認識——入門・診断
用語解説、失敗の兆候、セルフチェックで、現状を言葉にできるようにします。
方法比較——ガイド・比較
内製、外注、ツールなどの選択肢と、向いている条件を示します。一つの正解へ誘導しません。
候補比較——事例・費用
支援範囲、制作プロセス、費用、実績を示し、自社との共通点と違いを判断できるようにします。
社内合意——資料・FAQ
導入効果、体制、スケジュール、リスクへの回答をまとめ、担当者が社内説明に使える形にします。
導入——進行ガイド
準備物、役割、確認手順を示し、契約後の不安と手戻りを減らします。
継続——活用・成果事例
成果の見方、二次利用、改善方法を届け、利用価値を高めます。顧客の学びを次の企画へ戻します。
検索流入が多い記事だけを優先すると、課題認識の段階へ偏ります。商談で繰り返し質問される費用や進め方がWebにないなら、検索数が小さくても先に作る価値があります。
この配分をオウンドメディア全体のテーマと運用へ広げる方法は、BtoBオウンドメディア戦略ガイド2026で解説しています。
導入事例記事の作り方で説明している「導入前の葛藤」「選定理由」「実施の具体性」は、候補比較と社内合意を支える情報です。事例を単なる成果紹介にしない理由も、ジャーニー上の役割から理解できます。
仮想例で確認する
記事制作を外注したいBtoB企業を例にします。これは考え方を示す仮想例で、実在の顧客事例ではありません。
- 発信が止まる:兼任担当者が「記事のネタがない」と検索します。必要なのは、ネタの探し方と停止原因のチェックリストです。
- 方法を比べる:AI、フリーライター、制作会社、内製を比較します。費用だけでなく、企画・取材・編集の分担表が必要です。
- 会社を選ぶ:実績と支援範囲を確認します。自社と近い業界の事例、制作プロセス、原稿サンプルが役立ちます。
- 予算を取る:上司へ説明します。制作費、社内工数、期待する利用先、評価方法を一枚にした資料が必要です。
この例から、入門記事だけを増やしても予算獲得の障害は解けないと分かります。反対に料金ページだけでは、まだ「外注が必要か」を考えている人に届きません。複数のコンテンツを判断の順番でつなぎます。
更新するタイミング
- ×作成会議で完成とする
- ×理想の行動だけを書く
- ×ページビューだけで判断する
- ×営業と別々に管理する
- ×毎年同じ図を使う
- ○未確認の仮説を明記する
- ○実際の戻りや停滞を記録する
- ○質問・回遊・失注も見る
- ○営業レビューで更新する
- ○大きな変化のたびに見直す
新商品、価格変更、購買関与者の変化、検索・AI利用の変化があれば、ジャーニーも変わります。毎月すべてを書き直す必要はありません。商談で新しい質問が増えた、特定の段階で失注が続くといった変化を記録し、四半期ごとに優先箇所を見直します。
成果をどう測るか
ジャーニーの成果を、作ったマップの枚数では測りません。マップから選んだ改善箇所ごとに、顧客の前進、体験、事業、運用の指標を組み合わせます。
| 観点 | 指標の例 | 読み方 |
|---|---|---|
| 顧客の前進 | 次の記事への回遊、比較資料閲覧、再訪 | 次の判断材料へ進めたか |
| 体験 | 顧客インタビュー、質問の減少、満足度 | 不明点や手間が減ったか |
| 事業 | 商談化、受注、継続、営業利用 | 重要な事業行動と関係したか |
| 運用 | 回答時間、確認往復、制作・営業工数 | 裏側の工程も改善したか |
一つの記事を読んだ人が受注したからといって、その記事だけの効果とは断定できません。BtoBでは複数の記事、営業、事例、紹介が重なります。接点別の貢献値を無理に一つへ決めるより、「どの障害を減らす施策だったか」を定め、定量データと顧客・営業の声を一緒に確認します。
マップの限界
地図は現実を選択して表したモデルです。精密にするほど正しいとは限りません。
- 段階名を置くことで、本来連続している検討を分断して見せる。
- 中心ペルソナへ寄せることで、別の関与者や少数の経路を落とす。
- 購入前を詳しくし、導入、利用、更新、解約を薄くしやすい。
- 顧客が思い出して語れる接点へ偏り、無意識の判断や外部要因を見落とす。
- 自社が管理できるWebやメールを大きく描き、口コミ、同僚、競合、AI回答を軽く扱いやすい。
全経路を一枚へ再現しようとせず、今回解きたい問題、対象顧客、期間、除外範囲を明記します。重要な例外が見つかれば、既存マップへ無理に足すのではなく、別の旅として調べます。
最初の30日
1週目——範囲を絞る
一つの商品、一つのペルソナ、課題認識から商談までなど、対象を決める。
2週目——事実を集める
営業3名、顧客3社程度を目安に話を聞き、検索語、質問、失注理由も集める。
3週目——地図を作る
段階、関与者、問い、障害、既存コンテンツを一枚に置き、事実と仮説を分ける。
4週目——1つ改善する
影響が大きい不足を一つ選び、記事、事例、FAQ、営業資料の企画へ落とす。
企画と制作へつなぐ
ジャーニーを作っても、専門家への取材、制作、社内確認が進まなければ情報は増えません。企画と実行を分断せず、不足した情報をどの形式で、誰から聞き、どこで使うかまで決めます。
まとめ
カスタマージャーニーは、顧客を一つの経路へ誘導する図ではありません。顧客がどこで迷い、誰が加わり、何が足りないかを社内で話し合う地図です。
その歴史をたどると、販売ファネルの段階管理、サービスブループリントの業務設計、循環する意思決定、検索前提の情報行動が重なって現在の実務になったことが分かります。BtoBでは一人の一本道ではなく、企業と複数の関与者の旅を重ねます。地図を精密にするより、事実と仮説を分け、重要な不足を一つ選び、コンテンツや営業工程として改善するところまで進めます。
よくある質問
カスタマージャーニーとファネルはどちらを使うべきですか
目的で使い分けます。顧客群がどの段階で減るかを見るならファネル、特定の顧客がなぜ迷い、何を必要とするかを理解するならジャーニーです。実務では、ファネルで問題箇所を見つけ、ジャーニーで理由を調べます。
検討段階は何段階に分けますか
決まった数はありません。「認知・興味・比較」をそのまま使わず、顧客の判断が変わる地点で分けます。BtoBなら、課題認識、解決方法の比較、候補企業の比較、社内合意、契約・導入などが一例です。
感情曲線は必要ですか
必須ではありません。「不安」と書くだけなら改善へつながりません。何が分からず、どの根拠があれば判断できるかを取材で確認できる場合に使います。
顧客取材は何社必要ですか
統計的に市場を推定する調査ではないため、一律の正解はありません。最初は同じ商品・状況の顧客を複数社比較し、共通点と例外を探します。本文の30日案にある3社は、小さく始める目安であり、十分性の基準ではありません。
BtoBで複数の関与者はどう描きますか
中心となる推進担当者の旅を横軸にし、決裁者、利用者、法務、情報システムなどが加わる地点を別の行で示します。各人の問いが大きく異なる場合は、一枚へ詰め込まず役割別のサブジャーニーを作ります。
主な参考資料
- G. Lynn Shostack「Designing Services That Deliver」(Harvard Business Review、1984年)
- David Courtほか「The consumer decision journey」(McKinsey Quarterly、2009年)
- Google「Winning the Zero Moment of Truth」(2011年)
- Katherine N. Lemon, Peter C. Verhoef「Understanding Customer Experience Throughout the Customer Journey」(Journal of Marketing、2016年)
- Salesforce Japan「カスタマージャーニーとは?作り方や活用事例」(2026年更新)
- ワンマーケティング「BtoB購買行動調査レポート」(2025年、n=600)
- コレタ for Sales「BtoB購買プロセスと営業接点の実態調査」(2026年、n=180)
※ カスタマージャーニーの成立には複数の研究・実務の系譜があり、単一の起源へ確定するものではありません。記事内の事例は考え方を説明するための仮想例です。実際の購買プロセスは、商材単価、契約形態、業界によって異なります。
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