BtoBマーケティングとは、企業間取引で顧客候補を見つけ、検討に必要な情報を届け、営業と連携して受注・継続へ進める仕組みです。特徴は、購入を決める人が一人ではなく、検討が長く、営業に会う前から選定が進む点にあります。
BtoBマーケティングとは
BtoBは「Business to Business」の略で、企業が企業へ商品やサービスを提供する取引を指します。業務システム、工作機械、コンサルティング、記事制作などが例です。
連載第1回では、マーケティングとは、顧客を理解し、価値を設計し、選ばれ続ける仕組みをつくる仕事だと整理しました。BtoBマーケティングでは、その考え方を企業間取引の購買プロセスに合わせます。
「リードを増やす活動」と説明されることもあります。リードとは、自社の商品やサービスに関心を示した見込み顧客です。ただし、名刺やメールアドレスを集めただけでは受注になりません。検討を前へ進める情報と、営業へ引き継ぐ仕組みまで必要です。
産業販売からBtoBへ
企業間取引そのものは、消費者向け市場より古くからあります。しかし、それを一つのマーケティング領域として捉える視点は変化してきました。初期の「産業マーケティング」は製品と販売が中心でした。現在のBtoBマーケティングは、購買組織、長期関係、顧客企業内の合意形成まで扱います。
産業化——製品と営業を管理する
原材料、設備、部品を企業へ販売する活動は、長くindustrial marketingと呼ばれた。技術仕様、価格、流通、販売員による個別折衝が中心で、買い手は「企業」という一つの主体として扱われやすかった。
1967年——購買の種類を分ける
Robinson、Faris、WindはBuyGridモデルで、初めて買う新規購買、条件を見直す修正再購買、同じ条件で続ける単純再購買を区別した。購買の不確実性によって必要な情報と営業活動が変わることを示した。
1972年——組織が買うと捉える
WebsterとWindは、産業購買を個人の選択ではなく、複数人が関わる組織的意思決定としてモデル化した。環境、組織、購買グループ、個人の4層が判断へ影響すると整理した。
1970〜90年代——関係とネットワークを見る
欧州のIMP Groupは企業間取引を、独立した一回の交換ではなく、技術・情報・人間関係を含む継続的な相互作用として研究した。顧客一社との関係は、取引先やパートナーのネットワークにも埋め込まれている。
1990〜2000年代——データとWebが加わる
CRM、メール、企業サイト、検索が普及し、営業担当者の記憶に閉じていた接点を記録・共有できるようになった。マーケティングが、展示会前後や商談外の情報提供を継続して担うようになった。
2003年以降——企業単位で協働する
ITSMAがAccount-Based Marketingを体系化し、重要企業ごとに営業とマーケティングが共同で働く考え方を広めた。現在はデジタル接点と個別営業を分けず、購買グループ全体の合意を支える方向へ進んでいる。
転換点になったのが、Frederick E. Webster Jr.とYoram Windの1972年論文「A General Model for Understanding Organizational Buying Behavior」です。二人は、産業購買を単一の変数では説明できないと考えました。価格だけでも、購買担当者個人の好みだけでもなく、経済や規制などの環境、組織の目標と手続き、関係者間の力関係、個人の経験が重なって決まるからです。
同じ時期、欧州では別の視点が育ちました。IMP Groupの研究史によると、1970年代半ばに始まった最初の国際研究は約900の企業間関係を調べ、取引を独立した売買の連続としては理解できないと結論づけました。供給企業と顧客企業は、長期のやり取りの中で仕様、工程、資源を互いに適応させます。BtoBでは「契約を取る」だけでなく、その後の共同作業が価値の一部になるということです。
2003年にはITSMAがABMを体系化しました。ABMは単に企業名を広告のターゲットへ入れる手法ではありません。優先する企業を選び、その企業の事業課題と関係者を理解し、営業とマーケティングが共通の計画で関係を深める考え方です。
この歴史から分かるのは、BtoBマーケティングが営業をデジタル化した活動ではないことです。複数人・複数部門・複数企業にまたがる判断を理解し、取引前後の不確実性を減らすことが中心にあります。
営業に会う前に選ばれる
BtoBは営業中心の取引に見えます。しかし現在の買い手は、営業へ問い合わせる前にWebで情報を集め、候補を絞っています。
この結果が示すのは、営業の重要性が下がったという話ではありません。営業が会う前に、候補へ入れるかどうかが決まりやすくなったということです。Webサイト、記事、導入事例、第三者の評判が、営業に代わって最初の説明を担います。
問い合わせ後の提案だけを磨いても、候補に入れなければ商談は始まりません。BtoBマーケティングは、営業が会えない時間の判断材料を整える仕事でもあります。
BtoCとの違い
BtoBとBtoCを分けるのは、買い手が企業か個人かだけではありません。意思決定の構造が違います。
- ×利用者本人が決める
- ×購入までが比較的短い
- ×好みや感情も判断を左右する
- ×一回の購入単価が比較的小さい
- ×購入後の社内説明は不要
- ○利用者・推進者・決裁者が分かれる
- ○検討が数か月以上続くことがある
- ○費用対効果とリスクを説明する
- ○契約金額と影響範囲が大きい
- ○稟議・法務・セキュリティ確認がある
BtoCの商品でも、住宅や自動車のように検討が長いものはあります。BtoBでも、少額のツールなら担当者だけで契約できる場合があります。違いを固定的に捉えず、自社の商品で「誰が、何を確認し、どのように承認するか」を見ることが大切です。
一人では決まらない
BtoBの購買では、同じ企業内でも立場によって知りたい情報が変わります。担当者に好評でも、決裁者が費用対効果を説明できなければ止まります。経営層が乗り気でも、利用部門が運用負荷を懸念すれば導入は進みません。
利用者
導入後に実際に使う人です。操作性、業務負荷、既存フローとの違いを知りたい立場です。
推進担当者
情報収集、比較、社内調整を担います。選定基準、費用、スケジュール、稟議材料が必要です。
専門確認者
情報システム、法務、購買などです。セキュリティ、契約条件、連携方法、供給リスクを確認します。
決裁者
投資の妥当性と優先順位を判断します。経営課題との接続、費用対効果、導入しないリスクを見ます。
この4つを一枚の広告だけで満たすのは困難です。担当者向けの入門記事、専門部門向けの仕様資料、決裁者向けの導入事例など、役割ごとに判断材料を分けて用意します。詳しい顧客像の整理は、連載第7回のペルソナとはで扱います。
WebsterとWindは、購買決定に関わる人々を「buying center」と呼びました。これは正式な部署名ではなく、ある購買案件に影響する人の集合です。同じ人物が複数の役割を持つことも、案件の途中で新しい関係者が加わることもあります。
したがって「決裁者ペルソナを一人決めればよい」という話ではありません。誰が問題を発見し、誰が候補を探し、誰が仕様を拒否でき、誰が予算を承認するかを案件ごとに見ます。コンテンツも役職別ではなく、その人が果たす判断の役割に合わせます。
購買は3種類ある
すべてのBtoB商談を同じリード育成の流れへ入れると、必要のない説明を増やします。1967年のBuyGridモデルが示した3つの購買類型は、現在のSaaSやサービスにも応用できます。
新規購買
会社として初めて扱う課題やサービスです。何を要件にすべきかも不明で、関係者と情報探索が多くなります。入門、選択肢比較、導入プロセス、失敗例が必要です。
修正再購買
既存契約や方法はあるものの、価格、仕様、体制に不満や変化があります。現行との違い、移行方法、切り替えリスク、改善幅が判断材料になります。
単純再購買
条件を大きく変えずに継続する購買です。発注の簡便さ、安定供給、利用実績が重要です。ただし競合の提案や担当変更で、修正再購買へ移ることがあります。
売り手側の意味
新規購買では教育、修正再購買では違いの証明、単純再購買では継続体験が重要です。同じ商品でも顧客の購買類型によって施策を変えます。
例えばオウンドメディア支援を初めて検討する会社には、体制や費用の全体像から説明します。制作会社を切り替えたい会社には、引き継ぎ、品質管理、既存記事の扱いが重要です。既存顧客の更新では、成果レビューと次期計画のほうが役立ちます。「どの業界か」だけでは、この違いを捉えられません。
受注までの基本プロセス
BtoBマーケティングでは、問い合わせ件数だけでなく、買い手の検討がどこまで進んだかを見ます。代表的な流れは次の通りです。
課題を認識する
現状への違和感や経営課題が生まれる。まだ解決方法やサービス名は知らない。
情報を集める
課題の原因、解決方法、他社の取り組みを検索する。入門記事や調査資料が接点になる。
選択肢を比較する
複数の方法や会社を比べる。機能、費用、支援範囲、導入事例が判断材料になる。
社内で合意する
利用部門、決裁者、法務などが確認する。稟議資料、セキュリティ情報、導入計画が必要になる。
商談・契約する
個別条件を営業とすり合わせる。要件、体制、価格、成果の定義を合意する。
利用・継続する
導入成果を確認し、活用範囲を広げる。顧客の声は次の改善とマーケティングへ戻す。
実際の購買は、この順番どおりに進むとは限りません。新しい関係者が加わって比較へ戻ることもあります。だからこそ、営業だけに顧客理解を閉じず、どの段階で何が止まったかをマーケティング側と共有します。
営業との役割分担
「マーケティングがリードを渡し、営業が受注する」と直線で分けると、両者の対立が起きます。営業は「商談にならないリードが多い」と感じ、マーケティングは「渡した後の対応が見えない」と感じます。
- ×マーケは件数だけを追う
- ×営業は商談後の情報を戻さない
- ×部門ごとに顧客像が違う
- ×失注を営業個人の問題にする
- ○有望な状態を共同で定義する
- ○質問・失注理由を企画へ戻す
- ○同じペルソナと選定条件を使う
- ○不足した情報を次のコンテンツにする
マーケティングは、営業が同じ説明を繰り返している箇所を記事や資料にします。営業は、Web上の情報だけでは解けなかった個別条件を聞き取ります。両者が役割を補うと、買い手は同じ説明を何度もやり直さずに済みます。
成果をどう測るか
BtoBマーケティングでは、問い合わせから受注までが長く、案件数も消費財ほど多くありません。最後の問い合わせだけに成果を帰属させると、それ以前に読まれた記事、展示会、紹介、営業接触の役割が消えます。
市場との接点
対象企業への到達、非指名検索、指名検索、記事閲覧企業、イベント参加など。買う可能性のある市場で思い出されているかを見る。
購買グループの前進
同一企業からの複数接点、比較資料の利用、事例閲覧、専門部門の参加など。個人リードではなく、企業内の検討が広がったかを見る。
営業との接続
有効商談化率、初回面談前の理解、商談で使われた記事、提案通過、停滞理由など。情報が営業活動を助けたかを見る。
取引成果
受注率、検討期間、契約額、継続、追加契約、紹介など。獲得だけでなく、関係全体で生まれた価値を見る。
MQLやSQLといった社内区分は便利ですが、定義を部門ごとに決めると機能しません。マーケティングと営業が、どの企業の、どの関係者が、何を確認できた状態なら次へ進めるかを共同で決めます。件数より、顧客の判断が進んだ事実で区切ります。
小規模組織の優先順位
専任チームがない会社で、SEO、広告、SNS、ウェビナーを同時に始めると運用が止まります。最初は、受注に近い情報から整えます。
顧客と選定理由を確認する
既存顧客3〜5社と営業担当へ聞き、導入前の課題、比較した選択肢、選んだ理由を整理します。
サービスページを整える
誰の何を解決するのか、支援範囲、進め方、費用の考え方、実績、相談方法を一つのページで確認できるようにします。
判断材料を3種類つくる
課題を理解する入門記事、選び方を示す比較記事、導入後を想像できる事例を用意します。
営業の反応を毎月戻す
読まれた記事、商談で出た質問、失注理由を見て、次に作る情報を決めます。
この順序なら、少ない本数でも営業活動へつなげられます。記事を使った仕組みはコンテンツマーケティングとは、媒体運営の全体像はBtoBオウンドメディア戦略ガイド2026で詳しく説明しています。
社内外の編集機能を整える
BtoBマーケティングでは、社内に散らばる専門知を顧客の判断材料へ変える役割が必要です。営業、技術、顧客の話を聞き、企画、取材、執筆、デザイン、公開後の活用までつなぎます。
まとめ
BtoBマーケティングは、企業へ広告を出してリードを集める活動ではありません。産業販売の研究は、やがて購買の種類、組織内の関与者、長期的な企業間関係を扱う領域へ広がりました。現在も中心課題は、複雑な組織購買の不確実性を減らすことです。
買い手を一人の担当者として見ず、課題の所有者、推進者、専門確認者、決裁者が何を判断するかを分けます。さらに、新規購買、修正再購買、単純再購買のどれかによって、必要な情報と営業活動を変えます。
最初の実務は、リード獲得施策を増やすことではありません。直近の受注案件を一件選び、最初に課題を感じた人、候補を探した人、反対した人、最終判断した人を営業と並べてください。抜けている判断材料が、次につくるコンテンツです。
よくある質問
BtoBマーケティングと法人営業の違いは何ですか
法人営業は個別企業との対話、要件整理、提案、交渉を主に担います。BtoBマーケティングは、市場と顧客企業を選び、営業に会う前後の情報、ブランド、接点、計測を整えます。顧客から見れば連続した過程なので、情報を相互に戻す設計が必要です。
リードが多ければ成果が出ますか
リード数だけでは判断できません。対象外の企業、情報収集だけの人、一人だけの接点を増やしても受注は進みません。対象企業で購買グループの理解と合意が進み、有効な商談へつながったかを確認します。
ABMは大企業向けの施策ですか
大規模なツール導入は必要ありません。限られた営業資源をどの企業へ集中するかを決め、企業ごとの課題と関係者を理解し、営業と共通計画を持つことが基本です。対象を数社に絞る中小企業にも考え方は使えます。
BtoBでもブランドは必要ですか
必要です。複数人が候補を比較するBtoBでは、「この会社は何に強く、任せたらどう進めるか」という共通の期待が、社内説明を助けます。ただし認知だけでなく、事例、仕様、対応品質という証拠が伴う必要があります。
小規模な会社は何から始めますか
既存顧客と営業への取材、サービスページ、入門・比較・事例の3種類から始めます。広告やツールを増やす前に、誰がどの判断で止まるかを把握し、受注に近い情報から整えます。
主な参考資料
- Frederick E. Webster Jr., Yoram Wind「A General Model for Understanding Organizational Buying Behavior」
- Yoram Wind, Frederick E. Webster Jr.「Industrial Buying as Organizational Behavior」
- Yoram Wind「The BuyGrid Model: Twenty-Five Years Later」
- IMP Group「Our history」
- ITSMA「Pioneering account-based marketing excellence」
- ワンマーケティング「BtoB購買行動調査レポート」(2025年、n=600)
- コレタ for Sales「BtoB購買プロセスと営業接点の実態調査」(2026年、n=180)
- ITコミュニケーションズ × B2Bマーケティング「BtoB商材の購買行動に関する実態調査レポート2025」
※ 歴史上のモデルは、すべての企業購買が同じ順番で進むと示すものではありません。数値も各調査時点の結果であり、商材単価、契約形態、業界によって購買プロセスは変わります。
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